義援バルーン空撮
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田野畑村明戸地区防潮堤

田野畑村明戸地区 2011年6月7日[撮影者解説]

田野畑村明戸地区

この場所は、震災前は防潮林として数百本のクロマツが植えられていました。
防潮堤を乗り越えた津波は、ほとんどの防潮林をなぎ倒しながら河口から1km以上の場所まで遡上しています。

なお、この防潮林の中の、松とヤケキの2本が残っているとの事。
今後の撮影対象して追いかけます。

田野畑村明戸地区

明戸地区の防潮堤の南端には、建築物が一つありました。
残された基礎の形状からは、水産関係の施設であったことがわかります。

隣町となる普代村の普代水門とは別の考えで、この防潮堤は整備されています。
防潮堤と防潮林のセットで津波を減衰。
その上流には、可能な限り居住しないという考えです。
過去の津波も周囲と比較すれば、それほど強烈では無かったと言うことでしょう。
「強烈では無い」としていますが、普通の地域以上の強度を持っていると思われる防潮堤が全壊しています。
明戸地区が「弱い」と考えるのではなく、周囲が桁違いと考えるべきところです。